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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1192号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕控訴人主張の日時場所において、訴外上清が運転し、控訴人が乗客として同乗している本件事故車(営業用普通乗用車、大阪五あ第四七九〇号)が、他車(本件加害車両)に追突せられたこと、および、被控訴人がタクシー業を営み、事故車を所有し、右上清を雇用して、右営業のため事故車を運行させているときに、右事故が発生したことは当事者間に争いがない。

そこで、被控訴人の主張する免責の抗弁について判断する。

<証拠>を綜合すると、次のような事実が認められる。

1 本件事故現場は、南北に走る堺筋(車道の幅員二二メートル、中央にセンターラインあり)と、東西に周防町通(車道の幅員八メートル、中央にセンターラインあり)の交差点であり、同交差点は、信号機による交通整理が行われている。右周防町通は、午後八時までは西行の一方通行とされ、堺筋を北進する車両の右折も禁止されているが、午後八時以降は、右一方通行の規制も、右折禁止も、ともに解除され、従つて、午前一時四〇分頃に発生した本件事故のときには、北進車の右折も許されていた。

2 同交差点は、大阪市の中心部にあり、昼間ほどの混雑はみられなかつたとはいえ、本件事故当時にも、かなりの交通量があつた。

3 上清は、事故車を運転し、堺筋を北進して右交差点に接近してきたが、同交差点において右折すべく、あらかじめ、ウインカーによる右折の合図をしながら減速し、事故車を右に寄せ、センターラインに沿つて徐行し、折から前方の信号は青であつたけれども、対向車線上の対向車の流れが、右折可能なほどには途切れないため、右折の機会を窺いながら一層速度を減じて徐行を続け、交差点に入る直前の地点に達して停車した。その際、事故車の後部には、赤色のテールランプが点燈され、右折のウインカーも点滅していた。

4 ほどなく、信号機が黄を経て赤に変つたので、上清は、信号機が再び青に変つた際、直ちに右折のため発進できるよう、前方の信号機や対向車の動向等を注視していたところ、右信号機が赤に変つたすぐあとの頃に、ハンドルを持つている手に、子供の自転車が車体に当つたときに感じる程度の軽いショックを感じたので、振り向くと、加害車両がわずかに後退したうえ、事故車の左側をすり抜け、かなりの高速で逃げようとするのを認めた。そこで、上清は、直ちに事故車で、警察等の助力をも得て、加害車両を追跡したが、遂に見失つてしまつた。

5 右追突により、事故車は、後部バンバーの左端が少し曲り、テールランプのガラスが割れて、取付金具がわずかに凹む程度の損失を受けたのみで、追突による衝撃のため事故車が前に飛び出した事実もなく、上清自身は、ハンドルを持つ手に前記のような軽いショックを感じたほかに、とりあげていうほどの衝撃を感じておらず、もちろん受傷の事実もなく、事故後も従前どおり被控訴会社に運転手として勤務していた。

以上の事実が認められ、<証拠>は、前認定に供した各証拠に照らして、到底措信できないし、甲第一号証(所轄警察署長の事故証明書)中、事故車が進行中に当て逃げをされたとの記載部分も、右書面が、本件交通事故発生の届出があつた事実の証明を主眼とするもので、かつ控訴人作成の証明願に所轄警察署長が証明文言を付記して、証明をする形式の文書にすぎず、これに記載されている事故の概要について、客観的真実性の担保があるものとは認めがたく、また右「進行中」との記載が厳密に走行中を意味するものであるかどうかも保しがたいのであつて、右甲第一号証の記載も、なお前認定を左右するものとすることはできず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、上清は事故車を運転して、交通量の多い本件交差点を右折すべく、あらかじめ適切な右折準備態勢に入り、速度を次第に減じて、交差点の直前で、センターラインに沿つて停車し、はじめは対向車の途切れるのを、次いで前方の信号が、黄、赤と変つたので、再び青に変るのを待つていたのであつて、右停車の措置自体に後続車の進行に危険を及ぼすような不適切な点があつたとは認められず(事故車を控訴人主張のようにより右に寄せるときは、センターラインを越えることになり、かえつて他の大事故を招く危険があるから、事故車の運転者として採るべき措置ではない)、このような場合、すでに停止状態にあつた事故車の運転者としては、たとえ、後続車があつても、直近に迫つてから停車し、あるいは横に並ぶ等の措置がとられ、追突の事態に至らないのが通常であつて、一般に、後続車があることから直ちに、後続車の中に前方不注視から停車中の前車を発見できず、これに追突するものがあるかも知れないことまで慮り、一般的抽象的追突の危険(前示のとおり直近に迫つてから停車、回避の措置のとられるのが通常であるから、特段の事情のない限り、後続車が直近に迫るまでは、たかだか一般的抽象的な追突の危険があるにとどまり、具体的な追突の予見は不可能といえる)を感じて、それにそなえて追突事故の発生防止するための措置を常に必ずとるべきであるとすることはできない。停車中の車両がとり得る措置は、それが停車中であること自体から、当然限られたものとなつて来ざるを得ないのであつて、控訴人は、右のための措置として、停車中の自動車であつても、発進、移動(直進または右折)をし、警笛の吹鳴や室内灯の点灯等の注意喚起のための措置をとるべきであつたと主張するけれども、赤信号を無視した発進は、かえつて他の重大な事故を発生させる原因となることの方が蓋然性としても大であると考えられるし、警笛も抽象的危険の存在から直ちにこれを吹鳴することは、むしろつつしむべきものであつて、これらの措置をとるべきことは、いずれも認めるわけにはいかない。また、室内灯の点灯も、すでにテールでランプが点灯され、かつ右折のウインカーが点滅していたのであるから、後続車の運転者に対する灯火による合図としては、すでに十分な措置がとられているものというべく、室内灯の点灯が事故車からの視野を妨げるという消極面を考えると、室内灯の点灯に関する控訴人の主張も採用できない。これに反して、後続車は前方を注視することにより、右折のため停車中の車両のあることを容易に発見でき、事故を発生させないような運転方法をとることが可能であり、またそのようになすべき義務もあるのであつて、その際の後続車の判断を誤らしめないためには、停車中の車両はむしろ停車を続けることの方が安全に資するといえないこともなく、結局、右折のための適切な措置を構じてセンターライン沿いに停車している自動車の運転者としては、特段の事情のない限り、後続車が事故を発生させないよう運転してくれるものと期待して、停車を続ければ足り、停車中に追突防止の意味で後方を注視すべき義務はないものと解するのが相当である。しかも、前認定の事実によると、上清は軽いショックを感じたのみで、事故車の損傷も軽微であり、また上清がショックを感じて振り向いたとき、加害車両が後退したうえ再び前進するのを認めた事実からすると、加害車両も追突の瞬間にはほとんど停止寸前の状態にあつたことが容易に推測されるし、追突箇所が事故車の後部左端であり、加害車両がいま少し左に転把しておけば追突を避け得たことも見易い道理であつて、これらの事実によれば、本件事故は、たとえ上清において加害車両の動向を十分注視していたとしても、同人としては、追突の直前に至るまで、むしろ加害車両の運転者が追突前に停止するか、あるいはさらに左に転把して、追突を回避するものと期待するのが当然であり、上清に対して、追突の事態を、事故防止のための措置(控訴人に対する注意の措置を含む)をとり得るほど事前に、予見すべきことを要求することはできないような客観的状勢にあつたものというべく、この意味においても、上清には控訴人が主張するような事故防止のための措置を構ずべき義務はなかつたものとするほかはない。

すると、本件事故は、上清が後方注視義務を怠つた結果、事故防止のための適切な措置をとることができなかつた過失により発生したものであるとの控訴人の主張は採用することができず、他に同人の過失の存在を窺わせる特段の事情についての証明はないから、本件事故について右上清には過失がなく、本件事故はもつぱら第三者である加害車両の運転者の過失によつて惹起されたものというべきであり、事故車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは、当審証人上清の証言及び弁論の全趣旨によつて認めることができる。従つて、被控訴人の免責の抗弁は理由があり、被控訴人に対し本件事故による損害の賠償を求める控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(宮川種一郎 林繁 平田浩)

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